刊行に寄せて、辻信一さんより
- daichikurashi

- 2 日前
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更新日:19 時間前
大地は全ての生きものにとってのよき庭だ。大地が生きとし生けるものの生と再生を支え、生きものたちが大地をつくり、更新し続ける。そんなリジェネレーションの営々たる働きを祝うのが、明日11月28日は“いい庭”の日。日本版の感謝祭(サンクスギビング)と言ってもいい(まあ、ダジャレだけど)。
そしてその“いい庭の日”に、今世界で注目され、実践されるリジェネラティブ(大地再生)ムーブメントの、おそらくは最良の指南書である『リジェネレーター 土に恋する大地再生者たち』の日本語版が、いよいよ刊行される。原題はFor the Love of Soil、ぼくなりに訳せば「土に恋して」。この本を書いたのは、ニコール・マスターズ、農業生態学者であると同時に、世界各地で大地再生農業や牧畜、土壌再生プログラムのエキスパートとして大活躍してきた。リジェネレーター(大地再生者)という言葉について、彼女は言う。
「土こそ、最も重要な生態系。新しい科学のフロンティア。気候変動、人間の健康、栄養、水循環の鍵を握っている。その土を甦らせるリジェネレーターほど人をワクワクさせる仕事が他にあるだろうか」
『リジェネレーター』は素晴らしい本だ。訳者として、ぼくは確信をもってそう言いたい。この本は、人類の危機が深まるこの時代に、土壌と人間の健康を育む農と食を蘇らせるべく、喜々として励み、高い生産性と収益性をもつ農地をつくり出してきたリジェネレーターたちの物語だ。
ただし、これは決して、農業や牧畜に従事する人々たちだけのために書かれた本ではない。第一次産業に関わる者だけでなく、おそらく私たちの誰もが多かれ少なかれ、自然を単なる資源や道具と見なす”人間中心主義”というマインドセットに囚われていた。とすれば、そのマインドセットから抜け出すことにこそ、危機の崖っぷちに立つ人類にとっての希望を見出そうとするこの本は、すべての人にとって重要なテキストとなりうるのだ。
リジェネレーターとは、誰か特別な人のことではない。誰もが特別なリジェネレーターになりうるし、ならなければならない。そこに人類の未来がかかっている。
では、ぼくが尊敬する三人の識者たちが送ってくださった推薦のメッセージを紹介しよう。また、北海道長沼の農場日本における先駆的な大地再生農業を展開するメノビレッジの代表で、著者のニコールとの交流も深いレイモンド・エップによる「はじめに」、さらにその後に、監訳者であるぼくが書いた「あとがき」もぜひご一読いただきたい。

『リジェネレーター』推薦文
●「リジェネレーションは、これからの人類が地球と共に生きるための希望の道であり、 リジェネレーターはその在り方を世界に示す存在です。 本書は、人の生態系・社会生態系・自然生態系を結び直す“結節点”としての〈土〉をテーマに、 最も重要なマインドセットを説き、土壌再生の原理と方法を明晰に示す、 プラネタリーヘルスへ向かうための必読書です」
――桐村里紗(医師、プラネタリーヘルス・イニシアティブ代表理事、『腸と森の「土」を育てる〜微生物が健康にする人と環境』著者)
●「この地球で、いつまでも皆んなが楽しく食事ができる社会をつくる大地再生農業。 土と生きものの先端科学を活かし、呼吸する大地で生きものとしての作物や 家畜が育つ。ちょっと考え方を変えれば、こんな面白い未来が見えてくるのだ」
――中村桂子(生命誌研究者、『人類はどこで間違えたのか〜土と人の生命誌』著者)
●「本書をお薦めします。
大地をオブラートのように薄く覆うわずか30㎝ほどの土壌圏。これが、私たちを含めた「いのち」のすべての源だ。だから、土の大切さはわかる。けれども、いざ詳しく知りたいと思っても専門用語の羅列に身が引けるし、専門書を何冊読んでも断片的な知識が増えるだけで、そのつながりがみえない。けれども、仮に次のような説明されたらどうだろう。
「食べものがなくても水さえあれば2カ月は餓死しない。けれども、息ができなければ数分で死ぬ。どれも大切だが、緊急度から言えば、空気、水、栄養の順だ。同じことが植物にもいえる。なのに、農業は肥料ばかりを重んじて空気や水のこと忘れがち。土が締め固められてフカフカでなくなれば、呼吸も浅く健康になれない。だから、いくら栄養を取っても薬が必要になってくる」。
ニコール・マスターズさんのこの本は日本語の「生きがい」の説明から始まり、「呼吸する大地」「いのちの水」「多肥料投入型農業の行き詰まり」となぜ微生物や虫と共生したフカフカな土が必要なのかをわかりやすく説いていく。
この本の楽しさはそれにとどまらない。面白い本の魅力のひとつには他の類書では得られない情報が得られることがあるが、ヒトが土と共に生きてきたことの説明として「サメは100万分の1の血の匂いを嗅ぐことができるが、人間の鼻は、サメが血の臭いを嗅ぎとる感覚より20万倍も放線菌がだす土の香りに敏感なのだ」とか、肥料をやらなくても森の樹が元気に育つ理由として「昆虫は、あらゆる生態系で“窒素泥棒”として振る舞う。だから、森林生態系では、土壌に還元される窒素の70%が虫の死骸やその糞によるものだ」とか「へぇ、そうなのか」と読みながら思わず膝を叩きたくなるような知見が随所にちりばめられている。
また、ここで書いたとおり、科学的な知見をきちんと説明しようとすれば「放線菌」といった専門用語が使われることは避けえない。評者も原書を農業英語の専門辞書や理化学辞典を片手に苦労して読んだ。けれども、この翻訳書の巻末には日本版オリジナルコンテンツの「キーワード&キーパーソン」を収録されているし、ツボを押さえた「訳注」や原書をバージョンアップした腐植の説明図をさりげなく添えることで、読者が中断することなく読み進められる工夫が凝らされている。
そして、この本の最大の魅力は、ニコール博士の幅広い知見が現場で活かせることを各章で登場する農家の実践例とともに躍動感をもって描かれていることだろう。気候変動による猛暑や猛烈な速度で失われる生物の多様性と表土。真実を知れば知るほど絶望的な未来を目をつぶりたくなるが、二酸化炭素の削減以上に水循環の回復の方が気候変動対策としては重要なこと。微生物同士が「クオラムセンシング」によって対話していて、こうした自然のカラクリを上手く生かせば、失われた土壌も1年に1㎝という奇跡的な速度で回復できること等、最先端の知見も織り込み済みだ。この本を読むことで、知的好奇心が満たされるだけでなく、レイモンド・エップさんのような農家が増えれば、どんな未来絵図が描けるか。そんな希望も受け取ることができるだろう。
――吉田太郎(フリージャーナリスト、『シン・オーガニック』著者)

















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