top of page

Blog:大地X暮らし研究所

川口由一という物語

執筆者の写真: 辻信一辻信一



川口由一さんが旅立たれた。初めてお会いしたのは、もう30年も昔、ぼくがまだ14年ぶりに日本に戻って間もないころ。その出会いが、その後のぼくの人生に大きな影響を与えることになった。以後、1995年に出版されたデヴィッド・スズキとの共著、『The Japan We Never Knew』に川口さんへのインタビューをもとにした記事を掲載し、2011年には『自然農という生き方〜いのちの道を、たんたんと』(大月書店)を、ドキュメンタリー映像『川口由一の 自然農というしあわせ』(ゆっくり堂)を出版。最後にお会いしたのは、『自然農という生き方』の増補再刊を目指してインタビューにご自宅にうかがった昨年11月、晴れ渡る美しい秋の一日だった。お元気そうだったが、「お迎えが来るのも、そう遠くないかと思うので・・・」と言って微笑まれるのが心に残った。


さようなら、川口さん。たくさんのお教え、ありがとう。これからも学ばせていただきます。


以下、DVD『川口由一の 自然農というしあわせ』のジャケットに載せた拙文「川口由一という物語」を転載したい。


 

 世界中の農業は近代化の果てに、今やいのちの世界から遠く隔たった場所に行きついてしまいました。農と食は人類の生存の基盤そのものです。それが、市場競争の中にまき込まれ、さらにグローバルな自由貿易の渦中に放り込まれてしまったのです。中小の農家はより大規模な農場に吸収され、地域の自給的な農は姿を消し、農山村の人口の多くが都会へ流れ出ました。今や田畑は単一の換金作物を大量生産する工場のよう。効率化の先端にあるはずの先進国の農業は「十のエネルギーを投入して一を得る」という不効率の極みにあります。

 それが私たちの時代です。かつていのちを育み、幸せな社会と幸せな人生の基盤を築くはずだった農的な営みが、人類の未来を脅かすものへと変貌してしまったのです。


 そんな時代にあって、自然農とは何を意味するのでしょう? それは、こんがらがった糸をほどくように、農耕という営みの大もとへと辿り直すことにちがいありません。耕さない、肥料も農薬も使わない、動力機械も使わない。虫や草や鳥を敵としない⋯。そんなふうに余計なものをひとつずつ引き算していけば、しまいには、農の原形が浮かび上がるはずです。人間と大地とのあるべき関係がそこに再び姿を現すでしょう。


 農業を超えて、川口由一さんの物語はすべての人に開かれています。それは、人が人として生きる意味を、人がひとつのいのちとして生きる意味を、そして人が個々の自分を生きるということの意味を語ってくれます。